水彩画家・長尾周二オフィシャルブログ(SHUJI NAGAO official blog)

日本国内のみならずフランスなど欧州中心に活動する水彩画を描く画家・長尾周二のリアルタイムの活動日記。現在は一般社団法人アートシップインターナショナルの理事長として日仏を中心に活動を続けています。

※この記事は常時閲覧できる広報用記事です。新規更新のブログ記事はこの次の記事からです。

日本に帰国しました
フランスでのブラシューとパリ・マドレーヌ教会での展覧会(独立行政法人・国際交流基金主催の日仏友好160年記念文化交流企画・ジャポニスム2018認定参加企画)およびノワイェ シュル シェール市よりお招きいただいた企画個展が無事終了して、10月2日に日本に帰国しました。国内での活動を再開します。


水彩画家・長尾周二渓流画像
長尾周二は一般社団法人・アートシップインターナショナル理事長、ARTEC(欧州造形美術振興協会)会員として、日本のみならずフランスなど欧州においても活動を続けている国際作家です。
 
・フランスでの展覧会(終了しました)
KOKORO JAPON展(Part.1)

 【Japonismes ジャポニスム2018参加企画(認定番号:2018-5)】【在フランス日本大使館後援】
2018年8月18日~29日 フランス・ブラシュー・ビェールホール(Vieille Halle de Bracieux)


KOKORO JAPON展(Part.2)
【Japonismes ジャポニスム2018参加企画(認定番号:2018-5)】【在フランス日本大使館後援】
2018年9月17日~22日:フランス・パリ・マドレーヌ教会 (Salle Royale de MADELENE)

※Japonismes ジャポニスム2018とは
2018年7月~2019年2月に独立行政法人・国際交流基金ジャポニスム事務局が行なう日仏文化交流事業のイベントです。
参考
Japonismes ジャポニスム2018公式サイト
Japan Expo 公式サイト(日本語公式ホームページ)

2017年01月

ブログネタ
長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!
水彩画家・長尾周二170130
少し西の山に登りました。火ノ山です。登山口が分からず探しました。運動場の山側にロープでふさがれて居た先に登山道の標識が在りました。マムシ注意と書かれた看板も有りました。先ず弟が先導します。
標高246・9メートル屋島と同じ位の高さです。登り始めて尾根に出るまでは本当に急な坂で木を伝わらなければ登る事が出来なかったと思います。
地名は古の跡を繋ぐ証で間違いなく遺跡が在ると確信して登りました。
ゼイゼイと息を切らし尾根に着きました。この登山ルートは殆んど今は登られて居ない様な道でした。帰宅して調べたら石舞台と呼ばれて居る場所が在りました。明らかに人間の手が入った巨石が在りました。その先には古墳か城跡?の様な石組が見られました。
火ノ山と有りますから何らかの由緒が有ると思います。山頂に弟が先に着き私は遅れて着きました。赤いテープの目印が無ければ何度も迷う位の山道でした。
私達が登ったコースは一番険しいコースでした。日本の山には神が祀られて居ます。山自体がご神体の場合も有ります。弟に社はと訪ねたら見当たらないと言ったのですが少し西に祠が在りました。参拝して下山です。下山ルートは変えて尾根伝いに降りました。登山ルートを探して居た時に神社が在りましたがやはりその直ぐ横に登山口が在りました。工場の敷地横で笹に覆われて居て獣道にしか見えない場所でした。このルートも今は殆んど登山者が居ない様な道でした。
日曜日雨がパラ付いて居たので外に出るのを止めて室内で色紙絵を描いて居たら今から低い山に行こうと弟に誘われました。標高100メートルチョイの山と言うより丘です。明らかに古墳が在りそうな丘です。やはり山頂には生玉古墳と有りました。未指定で調査もされて居ません。インターネットで調べても何も出て来ません。
社が2つ在りましたが此れは地域の境界が山に有ったからではと話して居ましたがそうかも知れません。社の方向も尾根を挟んで真反対に建てられて居たからです。そんな思いを巡らせ日々を過ごして居ます。

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長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!
水彩画家・長尾周二170126
先日は高松から南の雨山標高122メートルを登りました。その後、大室山標高199、8メートルを登り紫雲山山頂の峰に在る稲荷山姫塚古墳を訪ねました。子供の頃直ぐ近くの市内に住んで居てこの山で良く遊んだものです。其所には讃岐カイト(カンカン石)と呼ばれる叩くと美しい音色がする石が取れます。石と石を叩き何個か見つけて持ち帰った記憶が有ります。その石は古代、石器としても利用されていて発掘の際に一緒に出て来るそうです。
今日は双子山標高180メートル讃岐平野が望める山を登りましたが素晴らしい景色でした。
登山とまでは言えませんが健康の為にも運動を兼ねて登って居ます。
標高が低いと侮ってはいけません最初から最後まで険しい山も有ります。
気軽に革靴で来てトライ、後で後悔した事も何度か有ります。雨山等は低い山でしたが木々を伝わらなければ転げ落ちる位急な登山道でした。
写真の作品はそうした山の下に在る溜め池からの風景です。

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長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!
水彩画家・長尾周二170125
時折白い雪が舞い強い風が吹くなか瀬戸内海を望む大串半島に行きました。
時々青空も見えますが黒い雲も流れて居ます。

昨日五剣山に在る八栗寺に参拝しました。時々この山はいろんな場所から写生して居ます。大変珍しい形の岩山が山頂に在ります。
参拝後に北の山麓や南の山麓を回りました。そうすると紀元前頃から200年位までの遺跡が在ったと記されて居ました。
当然この山も信仰の対象と為って居たと思います。
そうした古を偲び旅をする事は楽しみでも有ります。
瀬戸内海は海の道ですから古の時代から交流して居ました。
神社を巡るとそうした一端が垣間見え楽しく為ります。

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長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!

水彩画家・長尾周二1701231
卑弥呼伝説邪馬台国伝説のある徳島県、高松から南東に走り吉野川に辿り着き徳島市国府町を目指しました。
気延山標高122メートルこの山の中腹に八倉比売神社(やくらひめじんじゃ)が在ります。創期は紀元前に遡るとされる古社で元は山頂に祀られて居たそうです。
境内に当たる気延山には200余りの古墳群が在るそうです。
その中でも最も大きな古墳の前に拝殿神殿が在ります。其所に葬られて居るのが大日霊女命、天照大御神の別名ともされて居ます。そうした事から卑弥呼の墓と言う説もあります。

車を降りて約200段の石段を登ると拝殿が在ります。参拝を済ませ山頂迄で登りました。下りは拝殿の後ろに在る卑弥呼の墓とされている古墳を参拝しました。山歩きは健康を取り戻すには最適でましてや古代の物語が在る場所は格別です。前日、作品のイメージを画いて居て朝方まで眠れませんでした。
水彩画家・長尾周二1701232
卑弥呼伝説にはもう一つ裏付けが在ります。其が朱(水銀)がその時代産出された若杉山遺跡があるからです。
弥生時代末期〜古墳時代初頭には一大生産地であったと思われる徳島県阿南市に在る若杉山遺跡に行って来ました。

其所は遍路道にも為って居て昔の四国道です。やっと軽四が通れるかどうかの道でしたから車を停めて徒歩で川を遡りました。標識にはなんキロとか表示されて居ませんから引き返すかどうかと迷う様な道でした。約2キロ先にその遺跡が在りました。夥しい石を積んだ段々が在ります。又明らかに違う地層が見られ大変興味深く感じました。

其所に至る渓流も興味深い場所でした。

又、来ることを誓い後にしました。今回は弟と2人で彼の車で巡りました。

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長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!
水彩画家・長尾周二170118
高校生の時に自転車で15号パネルを片手に持ち仏生山に写生しに来た事が有ります。何処から描いたかも思い出せませんが何度か来て居て懐かしく散策しました。法然院は高松藩主松平家の菩提寺でも有ります。小高い丘の山頂に石垣を築き其所に葬られて居て一族220余の墓石が有ります。今も山門に鍵が掛かって居て入れません。この墓所の山麓には庶民の墓を建立する事を許し多くの墓が在ります。
少し離れて見ると明らかに神社か遺跡が有ったと思える地形です。由来には勝(ちぎり)神社が在って其を近くの丘に移転して建立したと有りました。
勿論勝神社も参拝しました。
神社を巡ると古代の歴史の一端が分かります。今日も船石山に在る淡島神社等を参拝しました。そうした中昔から祀られて居る讃岐の神社の御祭神には女性が多いと有りました。
徳島県には卑弥呼の墓が在るとの情報が有り近々訪れて見たいと思って居ます。今でも天皇家に縁の有る忌部一族が住まわれて居る地でもあり大変興味深く思って居ます。

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水彩画家・長尾周二170116
作品は金曜日、坂出市の港から瀬戸大橋を望みました。この日も北西の風が強く瀬戸内海では中々見られない波の風景でした。
坂出に来たのはレギュラーガソリンがリッター120円販売の店が在るので来ました。高松市内は132円販売がほとんどで其より高い店も有ります。
満タンにして帰って来て土曜日は屋島に向かいました。益々強風が吹き私の軽トラはハンドルが取られ運転も要注意でした。普段運動不足なので屋島に登る為でも有りました。瀬戸内海に突き出した長崎の鼻砲台趾も強風で波しぶきを被って居ました。その飛沫が空に舞って虹が架かって居ました。一枚風景画を描いて屋島の北嶺に登りました。約標高250メートルですが寒波の強風で石切場跡の洞窟迄で止める予定で登りました。約標高200メートル辺りです。その辺りまでは樹木に覆われて居て風を防いでくれるからです。
白波が立ち荒々しい瀬戸は珍しい風景です。時折雪が舞いとても寒く下山時は手をポケットに入れて温めました。
雪が降った日曜日写生に出掛けたかったのですが軽トラはノーマルタイヤ、しかもRRの大変珍しい車です。雨の時でさえ急な坂道は登れません。
動かないのがベストです。近くのスーパーマーケットに買い物以外には動きませんでした。
パソコンで縄文時代や古墳時代の事を学びました。
神社の由来を書いて居るのを見ると学校で習った事と全く違う事があるので時々調べて勉強しています。
青森県の三内丸山遺跡や吉野ヶ里遺跡を見学して居ますので尚更興味深く思って居ます。
弥生時代に稲作文化が伝わったと教えられましたが其より遥かに遡る縄文時代の水田遺構やモミが見付かって居るそうです。
私が見た三内丸山遺跡等は素晴らしく豊かで平和な時代だと感じました。
吉野ヶ里遺跡と比べても全く遜色の無い高い文化が有ったと感じました。ま、無いとすれば鉄器や武器でしょうか。
そんな時代に思いを馳せて居ます。

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水彩画家・長尾周二170112
高知県の旅を終えてさすがに堪えました。
明らかに高齢に為ったと時折感じます。
特に目が悪く為りました。夜の車の運転は出来れば止めたいレベル迄落ちました。
今日も大串半島で夕焼け空を制作して帰る時は暗くなっていて30分位の距離でも神経を使いました。
その状況に関わらず強い陽射しが好きで野外で制作して居ます。キラキラした色彩を表現する事が大好きでそうした状況の場所です。ですから何時も真っ黒な顔でまるで漁師の様です。
高松に滞在中は弟の離れで疲れを取るべく部屋で寛いで居ます。

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水彩画家・長尾周二170111
高松に帰って来ました。
先日、金比羅宮に参拝して来ました。石段785段を登らなければ参拝出来ません。
運動不足の私はあえぎあえぎ登りました。
無事開運祈願をして山を下りました。

作品は庵治の半島から描いた物です。

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水彩画家・長尾周二170106
土佐清水市ではスーパーマーケットで食料調達です。地方に行くと必ず寄るのが地元のスーパーマーケットです。今回も鯨の酢味噌あえを買いました。思いの外美味しく頂きました。
後はゲソの天ぷらやいなり寿司等です。
次に行ったのは釣り道具屋さんです。漁師をしながら游漁船と釣具店も兼ねてるそうです。最近は鰹やスルメイカが不漁で漁師は赤珊瑚漁に精を出して居るそうです。魚が取れなく為って居るのは全国的な現象ですね。
その漁師の話では底引き網で赤珊瑚を取るので海底が荒れて益々魚が取れなく為って居ると話して居ました。釣り道具屋さんで仕掛けや餌を買って河口の堤防で釣りをしました。
瀬戸内海の魚よりは型が良いメジナ(グレ)が釣れました。

足摺岬では灯台や四国礼場第38番金剛福寺を訪れました。ヨーロッパに旅立つ前にも何度か来て居て以前、窪津港にある大漁屋で魚の大きなブダイを買って絵を描いてその魚を味噌汁にして遍路小屋の金平庵に鍋ごと接待させて頂いた事が有りました。今回もお寄りしましたがお遍路さんはいらっしゃらなくてテーブルにリンゴ2個接待させて頂きました。

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水彩画家・長尾周二170103
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四万十川の渓流を描き終わり四万十川の河口に来ました。
昨日の夜は松葉川温泉で寛ぎました。
持参したおにぎりも食べつくしスーパーマーケットを探しました。コンビニは在るのですが近くには無くて四万十市まで来ました。明日の食料品を買って給油、準備を済ませ河口に来ました。四万十川は源流から約200キロ流れて居ます。何度となく四万十川に来て居て色々な表情を見ることが出来ます。
四万十川の清流は何度来てもた気持ちの良い風景が待って居ます。

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