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長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!
私が高松工芸高校在学中、日本は70年安保闘争の最中でした。
学校の教壇に先輩の美大生が立ちアジ演説をしました。此からは前衛芸術の時代だ!とダダイズムを叫んで全て破壊から始まる、デッサンも古典的考えも全て壊せば新しい芸術が生まれると。(アジ演説をした先輩は現在、芸術活動を続けて居ません。)あれから40数年、前衛芸術の辿り着いた先はパリのポンピードウ美術館に見られる様にセックスとバイオレンス、パフォーマンスだけに為って行きました。私が美術予備校の生徒によく話して居ましたがもし、それらの活動が芸術ならばコマーシャルアートの方が余程完成度が高いのではないかと。

石や木を並べて美しいだろうと言ってみたり。体に絵の具を塗りキャンバスに転がったり、知性とか感性とかまるで感じられ無い物に為りました。抽象絵画(具象絵画には抽象絵画の要素も当然含まれていると考えて居ます。)は未しも偶然とパフォーマンスだけでは作品とは言えないのでは無いのでしょか。

当時基礎デッサンは最低5年間は続けないと物事の真理は理解出きないと言われた事を信じトヨタ系セントラル自工デザイン課に就職した後も続けました。

具象でも抽象でも心に響く魂からの叫びを表現する事が芸術作品だと確信して居ます。昔の見世物小屋の様なろくろ首や人魚擬きで人を欺く事が芸術作品だとは思いません。

私の師はダ・ヴィンチでありセザンヌであり北斎でありそれら人類の宝である感性とエネルギーを感じつつ自分がこの地球から与えて下さった感動を画面に表現する事が私の仕事だと思って居ます。

感じた美しさや感動を表現仕切れない悔しさや未熟さを背負いながら生きて居ます。
今に見ていろ!と!何時か納得の行く作品を、日々努力しています。