水彩画家・長尾周二オフィシャルブログ(SHUJI NAGAO official blog)

日本国内のみならずフランスなど欧州中心に活動する水彩画を描く画家・長尾周二のリアルタイムの活動日記。現在は一般社団法人アートシップインターナショナルの理事長として日仏を中心に活動を続けています。

当サイトのタイトルや画像は制作者と長尾周二本人によるオリジナル画像です。転用・転載を固く禁じます。
※この記事は常時閲覧できる広報用記事です。新規更新のブログ記事はこの次の記事からです。


水彩画家・長尾周二渓流画像
長尾周二は一般社団法人・アートシップインターナショナル理事長、ARTEC(欧州造形美術振興協会)会員として、日本のみならずフランスなど欧州においても活動を続けている国際作家です。
 
国内展覧会情報
ジャポニスム2018参加アーティストによる日仏国際交流展
2019年4月16日~4月29日

大西・アオイ記念館(香川県高松市)
詳しくはこちらをご覧ください。

ロワール砥部日仏作家交流展 ー新緑の陶街道にロワールの風が流れる!ー
2019年5月11日~5月18日

ミュゼ里山房(愛媛県砥部町)
詳しくはこちらをご覧ください。

長尾周二水彩画展
2019年4月22日~4月30日

珈笛画廊ほのほ(香川県高松市)
詳しくはこちらをご覧ください。

海外展覧会
KOKORO JAPON展
2019年9月14日~22日

フランス・パリ・マドレーヌ教会
(一社)アートシップインターナショナル主催の日本人アーティストによる展覧会(19名出品予定)

2014長尾周二放浪記

ブログネタ
長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!
水彩画家・長尾周二140219
50号のパネルを積み高松から塩江に向かい讃岐山脈を目指しました。雪で寒い日々が続きましたが今日は温かい一日でした。
郷東川を遡り絵になる場所を探しながら車を走らせました。
何ヵ所も川原に降りて構図を探しました。
パリ、マドレーヌ寺院個展に向けての制作です。
弟宅に滞在中ですが渓流の絵は少し飽きて来たと部屋に掛けて居る作品群を見て弟が話して居たのでブログ掲載も今回は瀬戸内海の風景にしました。

紙は島根県三隅町で買った石州和紙を使いました。紙の地を残しながら表現する事にチャレンジしていますが水彩紙の白さよりは柔らかい地肌が醸し出す独特の絵肌に為りました。
今後もチャレンジしたいと思って居ます。

実は目が衰えて居ます。長年の車上生活と野外での写生で目が衰えて居ます。勿論、加齢に因る事も有りますが強い紫外線を浴び続けた事も大きな要因だと思って居ます。紫外線用のサングラスも常備していますが仕上げにはサングラスを使いません。友人が目薬やサプリメントを薦めてくれて使って居ますが・・・!!
目が見えなく為ってもと野外での制作を続けて居ますが、心配は拭い去れません。
日本の空は湿度の関係か然程でもありませんがフランスやスペインの日射しはとても強いです。その分、色彩が躍る様に輝いて居ます。晴れた青空の下で制作する喜びは何物にも代えられません。
日本でも日射しの出て居る日を好んで出て居ます。
ま、絵馬鹿と言った処でしょうか!

ブログネタ
長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!
水彩画家・長尾周二1402152
四国高松に居ます。毎日寒い日が続き渓流の制作が疎かに為って居ます。もう少し気温が上がればと待って居ます。そうした中、栗林公園に行って来ました。数年前にも苦言を呈しましたがなぜ?と思わざるを得ない事を続けるのでしょうか。
池の改修工事の際は所謂、土木工事的に文化財で有ることを意識もせず安易に石を真っ直ぐ並べたりある時は庭園の古木をチェンソーで何本も切り倒したりと信じられない事が続いて居ます。

水彩画家・長尾周二1402151
今回は写真の様に遊歩道をコンクリートで舗装していました。右側が本来の土を固めた道で左側はコンクリートで舗装しています。
竜安寺の石庭をコンクリートで固めて居るのと同じです。この調子だと川に飛び石が有りますが其所にも橋を架けてその先の石畳もコンクリートで固める勢いです。江戸文化の粋を極めた名庭園を何処まで傷めればと考えさせられます。
その内、園内一周のトロッコ列車でも走らせて遊園地にする所存なのでしょうね。日本の文化財に対する意識の無さには落胆せざるを得ません。
例えば大串半島先端部に在る狼煙場を元の場所から大きく動かし建物を建てました。今、その施設は閉鎖して利用すらされて居ません。
現状のまま保存し管理する事が文化財保護のいろはです。
ましてや日本庭園の中でも特別名勝と称されて居た栗林公園がこのような状態です。
帰って来る度に傷めつけ挙げ句の果てに市内の公園と同じように考えて居る管理では可哀想で仕方有りません。

時代と共に変化する事は世の常です。しかし事、文化財や文化は守らなくては為りません。栗林公園の浮き島の石をじっくり見て居ると本来ならば池の中から力強く突き出て居る様に水際の石を配してただろう石の配列が直線で台無しに為って居るのが分かります。何年間も思案し庭師が極めた美を現代人が損なうそんな事が有って良いのでしょうか?安来市に在る足立美術館の庭園と比べれば管理の差は歴然です。

弟との楽しみは山歩きです。先日、高松市内が一望出来る日山に登って来ました。標高191・7メートルの山ですが最後の山頂近くはとても険しい山でした。其所からの眺望は高松市内、瀬戸内海も望めます。
今度はどの山歩きをしようか話し合って居ます。

ブログネタ
長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!
水彩画家・長尾周二140210
展覧会最終日、東京で雪が舞って居ました。弟から借りた軽四はノーマルタイヤです。四国高松に向かうには先ず箱根山か御殿場の峠を越えなければ為りません。2月4日の雪で山越えが出来るかが問題でしたが箱根山は一部冬タイヤが必要な場所が有るとの情報で246号線を選び6日に走り抜けました。山や畑には雪が残って居ましたが幸い道路は問題有りませんでした。その日は静岡県袋井市に在る南欧料理ピエーノを経営するオーナーシェフの鈴木さん宅に泊めて頂きました。
フランスで出合いフランソワーズさん一家が来日した際にもお世話に為りました。名古屋の知人と会った後は1号線で京都、大阪を目指しました。7日、鈴鹿市から峠越えの際、午後3時で氷点下0度でした。
ラジオニュースを聞いて居ると大雪警報か出て居るとの事です。たとえ数センチでもノーマルタイヤでは走れません。京都に入る頃には道路掲示板にも大雪警報が出て居ると有りました。京都南から高速道路を走り神戸三ノ宮を目指しました。夜、9時頃到着しましたがその時には雪が降りだしました。此所からはジャンボフェリーで高松港を目指します。
8日深夜1時出発です。
出発まで時間が有るので三ノ宮駅前まで食事に行って来ました。勿論、雪で芝生は真っ白に為って居ました。雪で走れ無くなる事も想定しホテルで泊まる覚悟もしました。
無事高松に着いて弟宅に着いたのは早朝5時半頃です。一眠りして外を見ると真っ白で高松も3センチの積雪が有りました。東京は記録的な大雪でしたから間一髪と言った感じです。
フランスとの連絡も有り美術館との打ち合わせが必要で高松に来ました。その顛末がこのブログです。

ブログネタ
長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!
水彩画家・長尾周二140129
たましんギャラリーでの展覧会に来られた作家、下林益夫さん(国立市在住)が私の作品を評して小島善太郎さんの作品と合い通ずる骨太であると表現して下さいました。

私の作品はともかく小島善太郎さんの真髄を一言で表現された言葉に眼力の高さを覚えると同時に驚嘆しました。
戦前、パリに留学しその仲間と共に30年協会を創立し日本洋画壇の大きな動きの中心に居ました。しかし戦後の混乱で評価が分かれ世間からは離れて生活して居ました。

日野市在住時代に小島善太郎さんと深く関わり後に青梅市小島善太郎美術館開設のお世話をしました。
ヨーロッパ滞在中、帰国して間もない時期そして晩年の作品は高く評価出来ると思って居ます。
その充実期に描かれた秀作を拝見すると其処に小島善太郎さんの信念が見えます。
其れはヨーロッパ絵画のコピーでは無く日本人のオリジナル作品を構築する事です。

そして何より小島善太郎さんを最も端的に表現出来る言葉が骨太です。
ブラマンクに教わりコピーをした作家が持て囃されましたが彼はあくまでオリジナルの日本人画家として戦いを挑みました。その作品こそが後々に再評価されると思って居ます。その事を以て美術館開設に尽力した訳です。

長年、親しくして頂いた植村鷹千代先生の意見とも一致しています。
ブラマンクから受けた衝撃的な骨太を自分為りに再構築し挑戦し続けた証が作品です。一見ブラマンクとの出会いが何でも無かった様に見られる作品ですが彼は自分の中に確りとその教えを形にしています。
ブラマンクからね…と何度も私に話された事でもその事が良く伺えます。

歴史上何をしたとか作品が同とか彼を貫いた生きざまが同とか学芸員は解説しますが作品が全てを物語っています。
ブラマンクは野獣派と呼ばれ暴力的とも思える作品ですが本当の絵力は力強い骨太の構成力です。小島善太郎さんはその構成を熟慮に熟慮を重ね確りとした構成とし自分の感性で取り組み制作する事が彼の信念だったのです。

下林益夫さんの見識は美術館学芸員の浅はかさと違い本物を見抜く素晴らしい一言でした。今回お会いでき心より感謝して居ます。

ありがとうございました。

ブログネタ
長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!
水彩画家・長尾周二140119
府中郷土の森近くの多摩川に通って居ます。
対岸がゴルフ場でこの一帯だけ自然が残って居ます。
一時期この近くに住んでいた事が有ります。その時にスケッチブックを抱えて此所に描きに来ていました。四季折々変化する風景は何時も楽しませてくれます。

今は一年でも一番寒い季節で先日、府中で氷点下5度でした。朝、野球場横の水道で水を汲もうとしたら水の出ない蛇口が有りました。最高気温が4、3度の日も有り寒い日々が続いて居ます。
パンやおでん、おにぎりを持って一日河原で描いて居ます。

富士山が見える場所も有り河原を描いたり富士山を描いたりと楽しんで居ます。河原には白鷺や青鷺、鴨に鵜、カワセミも見かけます。

河原を歩いて居たら刺の有るツルに絡まれてダウンジャケットが4ヶ所裂けてダウンが出てきました。慌てて店に駆け込み糸と針それとボンドを買って来て修理しました。

ダウンジャケットが無いと野外での制作は困難です。何とか修理して使える様にしました。
ダウンが飛び出さない様に手で押さえながら買い物、自分でも滑稽な格好でした。

私がヨーロッパに旅立った頃でしょうか。地方新聞社に文化部の専属記者が居なく為って社会部や経済部の記者が兼務する様に為りました。当然、何も分からない記者が記事を書くわけですから的を得た記事に為りませんし文化面が少なく為りました。

フランスの地方新聞記者でも展覧会は毎週取材し、記事にしています。ですから私の様に片言の英語しか話せないのにもかかわらず明快な解説を伴う記事と為って居ます。

経済優先の社会、芸術の報道がほとんど無いこの国の歪さを感じます。

明治に殿様の領地を召し上げ戦後地主の土地を召し上げ文化を育てて居た富裕層が居なく為って絵画を土地取引と同様に金儲けにしか見ないにわか成金が目立つ現代日本、芸術家を育てる土壌は殆んど無いのが現状です。

ヨーロッパの知人友人でシャトーに住んでる富豪と言われる人々は普段高級車には乗って居ませんが自分の好きな作品をコレクションしています。

日本の画商は有名とか学歴とか根拠の無いステータスで作品を売って居ます。
ですから日本でしか通用しない価格で売られて居たりオリジナリティが無い何処かで見た様な作品を平気で発表しています。

画商の言いなりでなく少なくとも自分で好きな作品を選びコレクションする事を薦めます。

残念ながら文化の面で見れば成熟するには未々時間が必要だと感じます。

ブログネタ
長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!
水彩画家・長尾周二140117
先日広島に行く機会が有って県立広島美術館とひろしま美術館に行って来ました。

ひろしま美術館はヨーロッパ印象派時代の作品と日本人作家のコレクションを所蔵していて良く訪れます。
そのコレクションの中で好きな作品はブラマンク、スーチン、モネと藤島武二です。
丁度、日本画のコレクション展覧会を開催していて拝見しました。
趣味の問題ですが心に響く作品は少なかったです。
若い頃好きだった作家の作品も何か薄っぺらい印象で狩野元信や法隆寺の作品群に比べると精神の高さや作品から受けるパワーが劣って見えました。
と言うのも広島県立美術館のクレラー・ミュラーコレクション展を見た後に訪れた事にも由るのかも知れません。

オランダ クレラー・ミュラー美術館のコレクションはご夫妻がご自分で集めたコレクションです。
日本のコレクションはややもすると画商や学芸員に委ねて集めた感が有りますので名前が有名とかが一番で作品の良し悪しとは程遠い事が有ります。
在る美術館等は学芸員の浅はかな趣味で公費を使ってゴミの様な作品を集めて居ます。
がっかりしたり驚いたり当然二度と足を向けません。
数百万円で仕入れた作品を数億円で売り付けた画商の話など例を上げれば切りが有りません。
有名作家の作品とされて居る作品でも精巧に出来た複製画とか言った話も聞いた事有りませんか?

話を戻しますがクレラー・ミュラーコレクション展はどの作品も情熱を注いでコレクションした様子が伺えます。ゴッホの作品も初めて見た作品群でとても新鮮でした。私はその中でもルドン、ピサロ、シャニックは共感する作品でした。

こうした秀作を拝見すると自然と気持ちが昂り制作意欲が湧いて来ます。

東京に帰った今も豊かな気持ちが持続しています。

ブログネタ
長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!
水彩画家・長尾周二140113
晩年植村鷹千代先生がアマチュア作家の団体に良く通っていて最近のプロフェッショナル画家の作品はつまらない、アマチュア作家の方が楽しいと仰有って居ました。
今日も銀座の画廊を覗いて来ましたが一、二点を除けば鑑賞に値する作品は有りませんしそうした作品に比べればアマチュア作家の作品には絵に楽しさや何かを訴えるパワーを感じる作品が観られます。
勿論技術的に見れば幼稚だったり構図がとか色彩構成がとか劣るかも知れませんが絵本来の楽しさや悲しみとか作者の気持ちがストレートに表現されて居る事で其に勝る良さが感じられます。

美術予備校を営む前にアマチュア向けの教室を開いていて医者や会社経営者等の方が生徒で居ました。人生経験がそのまま作品に表れて居て素敵な作品を創作していました。

そうした事を思い出しながら自分の仕事を振り返ると此で良いのか方向は間違って居ないのかと立ち止まる事が有ります。

絵を描く事を生業にしていると売りやすい作品を求める事をします。自分本来の作品を深く追求すればするほど作品が売れなく為る事も有ります。ルドンもその辺の事を念頭に入れて本来の仕事と売り易い花の絵を描き分けて居たと思います。

と言った訳でアマチュア作家の展覧会にもハッとする作品が有って自分の仕事に力を頂く事も良く有ります。

そうした楽しさを味わい絵筆を持って人生を豊かにしてみませんか!

ブログネタ
長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!
水彩画家・長尾周二140108
ポルトガルに旅をしたのは昨年の9月を含めて四度目です。昨年はポルトの美術館にARTECメンバーの作品を搬入に行った為でその後パリ、マドレーヌ寺院でのARTEC展覧会搬入が有りましたから3泊4日の強行軍でした。

9月、フランスは秋の気配が漂って居ましたがポルトは真夏その物で真っ赤な太陽が西の空に沈むのを感動的に追いかけました。

美術館は港に面した所に在って輝く青い海と対岸の中世の建築群が光の中で輝いて居ました。
汗をかきかき一枚水彩画を描きました。

ヨーロッパの国々の人々が口を揃えて仰有るのは一番素敵な国だと答えます。
勿論、日本とも縁の深い国です。カステラとかビードロは日本語として使われて居ますがポルトガル語です。経済は主要産業がコルクですから決して豊かな国では有りません。

しかし、人々の生活は質素ですが昔の日本人と同様人々に親切で心豊かな生活をしています。初めてポルトガルに旅した時に海岸線の最後の住まいが在る場所で野宿をした時の事です。
朝、窓をノックして此所で寝てただろう?朝ごはんを食べて無いだろとゼスチャで招かれ朝食をご馳走に為りました。
次の年に息子と訪れた時は泊めて頂きフルコースの家庭料理を振る舞って頂きました。言葉は全く通じませんが心の優しさは通じまます。

現代日本人が何処かに忘れた人間の温もりが有ります。ヨーロッパの中でも異質の文化を持つ国です。
機会有る度に何度でも訪れたい国です。

そんな事を思い出しながら多摩川の河畔で制作を続けて居ます。作品は多摩川の流れです。

ブログネタ
長尾周二のヨーロッパ放浪記 に参加中!
水彩画家・長尾周二140106
多摩川と浅川の合流点に描きに50号を持って制作して来ました。描けば描くほど問題点や新たなチャレンジが始まり楽しくも有りますが新たな挑戦も必要と為って来ます。

食事も相変わらず倹約質素に努めて居ます。
朝は食パンとインスタント味噌汁、昼はセブンイレブンで買ったおでんセット198円と食パン夜は29円の蕎麦に卵を入れて作りそれとリンゴに食パンです。食事より画材ですからどうしても質素に為ります。

2、3日は浅川と多摩川の合流点に描きに行きました。
青鷺や白鷺、鳶等も見られ都会の川でも逞しく生きています。
私はネーチャアーティストですから尾瀬ヶ原や九重山系、雨竜湿原、ピレネー山脈やセント・ビクトワール山等リュックを背負って大自然の中で描くのが日課と為って居ます。そうした中で過ごして居ると自然との調和が如何に大切か痛切に感じます。
都会の生活ではゴミを出すのでも煩く言うのに海や川にはゴミを平気で捨てたりゴミを持ち帰らない現実を良く見掛けます。
多摩川の合流点を散歩してたらバーベキューの跡が有りました。ゴミは捨てるは衣類の汚れた物や椅子にしただろうプラスチックの物入れ迄其のままに棄てて居ました。
こうした行為が自分達に降り係って来る事が分からないのでしょうか。虫一匹、魚一匹も生態系の中で生きて居ます。島根県や山口県の漁師に聞いた話でも確実に漁獲量が減少しています。

人間も経済とか快適な生活とか全く関係ない生態系の中で生かされて居る事を忘れては行けません。そうした光景を見るに付け心が痛みます。
過度の自然界破壊は必ず自分達に降り係って来ます。水も空気もお金で買える時は未だしも世界中が同じ様に為れば人類も存亡の危機が来ます。
一人一人が出来る事を実行して頂きたいと願って居ます。
イギリス、ロンドン郊外のウエンブリーにある小高い丘の森を毎日散策し、絵を描いて居ました。頂上に池が在ります。日本の国立公園より自然が保たれて居ます。2週間通ってある日突然水位が30センチ上がりました。その事で人工の池だと分かりました。其くらい自然を大切にしています。日本の国立公園は名ばかりで海にはテトラポットを無造作に設置したり強引に山岳道路を作ったり見るも無惨な光景を見ます。手付かずの自然風景を探すのが大変な国です。

正月ラジオ日本の番組を聞いて居ると海賊と呼ばれた男(出光佐三)を放送していました。二日間の最期に出光佐三さんが全国の中学生4000人を出光丸見学に招いたと有りました。私もその時招かれた一人で広い甲板に立った事を鮮明に思い出しました。

↑このページのトップヘ